「逃げた!窓から飛び出しやがった!裏口の奴らに連絡しろ!」
暗がりの部屋の中で、初老の男が叫んだ。
歳は五十、六十歳くらいだろうか。
しゃがれた声が、彼の跨いできた年数の礎を感じさせた。
その呼び声に呼応して、複数の影が動く。
紺色の制帽とワイシャツにネクタイを締めたいでたち、左の腰には警棒が掛けられている。
そう、彼らは警察官だった。
金の階級章が薄明かりに照らされ、ぼんやり光った。
タタタタッ…。
複数の足音が、現われては夜の静寂へと消えていく。
こんな闇夜に明かりもつけず、彼らは一心不乱に何を追っているのか。
追われていたのは、一人の女だった。名前は美城暁。
女、というよりもまだ少女と呼んだ方が適切だろうか。
そのあどけない表情を険しく歪ませて、少し欠けた月の下をひたすら走っていた。
夜の住宅街に、ザッザッと雪を踏む音だけが木霊す。
後ろを振り返ってみた。追っ手とは、まだだいぶ距離がある。
溶けかけた雪が遊歩道のそこかしこに固まっている。
この季節に、毎朝、町内総出で行なわれる雪掻きの跡だ。
樺桜市では毎年数度、大雪が降る。つい先日も降ったばかりだ。
ただ概ね公道には除雪機能が備わっているので、住民の生活にはそれほど影響は与えなかった。
タッタッ・・・。足音がコンクリートを蹴る音に変わった。
舗装された道に入ったようだ。
さて。
改めてだが、彼女の様子がどうにもおかしい。
ホゥホゥとミミズクの声しか聞こえないこの丑三つ時に、警察に追われているのだ。
それも当然である。
だかそれだけではなかった。
彼女はまだ雪解けも遠い、三月の寒空の下をたった一人、
半そでのセーラー服だけ身にまとい、走り続けていた。
上から羽織るものは一切無い。セーラー服と、赤のラインが入った青いスカート。
加えて彼女は両手に、それぞれ刀を握り締めていた。 |